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 すると母はそれまでのように歌え歌えと言わなくなった。ちょうどその頃俺は変声期で、最初はそれが原因かと思った。何にせよ清々した、と思っている間に妹が生まれた。  それをきっかけに、母は俺に対する興味を完全に失った。声変わりが終わっても歌、どころか成績票にも進路にも口を出さなくなった。  母にとって俺は昔諦めた夢の残滓の象徴で、新しく家族を――幸せを手に入れた後は後悔ばかりが目立つ過去の象徴だった。母の中の謂わば「心残り」は完全に霧散し、「消し去りたい過去」のイメージだけが残ったのだろう。  当初の俺はそりゃ腹も立ったし憤りもした。孤独を噛み締めたこともあった。だが俺抜きでも幸せそうな家族を見ているうちに、それすらも段々とどうでもよくなっていった。それでただ地方にあるという理由で選んだ大学に進学することで家を離れたのだった。
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