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 あの夜から二週間ほど経ったある日の帰り道。  スーパーの袋片手に堤防の上を歩いていた時、またあの声が聞こえた。演歌を熱心に練習する女性の声だ。  河川敷を少し見回すと、声の主はすぐに見つけられた。  見た感じは二十歳くらいだろうか、細身の女性だった。黒く真っすぐな髪を腰の辺りまで伸ばし、ボーダーのカットソーにタイトなデニムとラフな格好。街灯の近くに立って練習している。  暮れ泥む夏の夕暮れの中、気付けば俺はアホみたいにぼーっと突っ立って、彼女の歌を聴いていた。  人の歌を聴くのをずっと避けてきた俺が、何故今足を止めているのか。自分でもわからない。不思議に思いながら、それでも耳は彼女の声を拾い続ける。  心の底から楽しんでいるのが伝わってくる、そんな歌声だった。演歌なだけあって情感たっぷりに、想い人を忘れられない女性の切なさを紡いでいく。  誰かの歌に触れた時に感じる、あの暗い感情が沸々と沸き上がってくるのを感じていながら、結局最初から最後までぼんやり聴き続けた。  が、不意に振り向いた彼女が自分に視線を向けてきたことで我に返った。
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