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桃源郷
自分を見つめる旅に出かけたのは、春も終わりを告げ、蒸し暑い夜だった。
あの頃の私は、傷つき、疲れ果てていた。
恋人との別れ。住処も追われ、途方にくれていたのだ。
確かに、あの地に留まっていれば、食うには困らない。
しかし、仲間との生存競争、度重なる嫌がらせ、そして陥れるかのごとく仕掛けられた罠。
そういう世界に、私は疲れ果ててしまった。
いつしか、ここではないどこかに自分の居場所があるのではないかとそんな思いにかられるようになった。
都会の喧騒を後に、私は、一人、旅に出た。
最初は、きままな一人旅、どうにかこうにか食いつなぐだけの糧を得て、うまく行くかに思えたが、世の中はそう甘くはなかった。
夏が過ぎ、秋が来て、そして長い冬が訪れた。
私の手元には、もう何もない。
食べる物も、友人も、恋人も家族も居ない。
いつしか、私は、凍える路上にうずくまることしかできなかったのだ。
ああ、私の人生もこれで終わりか。
目の前がかすんで来た。
私は、少しでも暖を取ろうと、民家の物陰の隙間に体を滑らせた。
ここなら、北風が当たることもないだろう。
ところが、私のその姿を見つけられて、女がヒステリックに叫んでいる。
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