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何の目印があるのか、座頭は迷いなく数ある障子戸の中の1枚を開ける。
中から、たくさんの目がこちらに向けられる。
ミカンを抱えた私の姿が目に入ると、わっと歓声が上がった。
「さすがかえで殿。よくぞ戻られた」
ダツが、拍手で迎えてくれた。
ふんっと鼻を鳴らす葵の前に、どんとミカンを置く。
「どうぞ、召し上がって下さいな」
とびきりの笑顔で言ってやった。
座頭は、すでに炬燵にもぐり込み、お決まりのポーズをとっていた。
「なにさ、座頭のおかげだろう」
「葵殿、ミカンを取ったのは、かえで殿ですぞ」
悪態をつく葵に、ダツがすかさず言い返してくれた。
私は、冷え切った手足を炬燵に差し込んで、背を丸める。
こわばっていた指先が、熱でじわじわと体温を取り戻す。
座頭のように頭を天板に預ければ、身体が温まるにつれて、睡魔がやってくる。
にぎやかさを取り戻したおしゃべりが、だんだん遠のいていく。
ぬくぬくと温まった身体の心地よさに、私は完全に眠りに落ちた。
「かーえーでー」
耳元で大きな声がして、私は薄く目を開ける。
目の前にドアップで友人の顔がある。
「やっと起きた。トイレ行ったまま、戻って来ないんだもん。心配したよー」
立てる?と差し出された手をつかみ、私はどうにか身体を起こす。
「あれ、ここ、どこだっけ?」
「ちょっと、大丈夫ー?飲み過ぎた?」
友人のあきれた声に、周囲を見回す。
友人と飲んでいた居酒屋だ。
そうだ、思い出した。
友達と飲んでて、トイレに立ったんだった。
歩いたら、急に酔いが回って、ここに座り込んだ。
「炬燵の夢見てた」
「はぁ、炬燵の夢?どれだけ寝てたのよ、ここで」
さっさと歩き出す友達の後について、まだぼんやりとする頭を振り振り、私もテーブルに戻る。
「かえで、どこにいたのよ?」
「ごめん、ごめん。ちょっと、休んでた」
苦笑いで答える私の顔を、友達がじっとみる。
「やだ、かえで、おでこにコブができてるよ」
完
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