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葵は、さらに籠を押し出してくる。 私は、その籠を受け取った。 私に集まっていた視線は、一気に座頭へと向かう。 「座の決まり事は、絶対だよ」 葵が、勝ち誇ったように言った。 温かい雰囲気を作りだしていたおしゃべりに代わり、押し殺した話し声がひそひそと交わされる。 炬燵の周りに重苦しい空気が漂う。 座頭が、まっすぐに私を見た。 「かえで殿。最後のミカンを取ったものは、籠いっぱいにミカンを取って来なくてはならない。行ってきてくださいますか?」 重苦しい空気の理由が分からないまま、私は首を縦に振る。 「よろしい。ミカンは、廊下を右にまっすぐ行き、突き当りで左に曲がった先にあります」 私は、籠を抱きしめるようにして、障子を開けて廊下へ出た。 後ろから、気を付けてね、と意味ありげにつぶやく葵の声がした。 板張りの廊下は、そのまま庭に面していた。 ガラス戸越しに、しんしんと降る雪と、綿帽子のような雪を重く乗せた椿の木が延々と続いているのが見える。 白と緑と赤。 世界は、3つの色だけでできていた。 空も地も、すべてが雪に覆われている。 掛け軸の中に迷いこんだようだ。 「きれい」 しばらくその庭に見とれてから、はっと我に返る。 みかん、みかん。 心の中で呟いて、右を向いた瞬間、私の足は、奈落の底を見たように竦んで動けなくなった。 廊下は、先が見えないほど、ただただまっすぐに伸びている。 振り返れば、後ろも同様に遥か彼方まで続く廊下があった。 右手は、ひたすらに障子戸が続く。 何の目印もなく、部屋の区切りすら分からない。 木枠の升目が永遠に続く様に、目眩がする。 ここを離れれば、二度とこの部屋は戻ることは、不可能に思えた。 庭の椿も、雪の降り方で見え方が変わり、目印になることはなさそうだった。 ふいに、部屋の中から、葵の声が聞こえた。 戻ってくる時に、部屋の中から聞こえる声を聞いていけば、この部屋を見分けることはできそうだ。 私は覚悟を決めて、一歩踏み出した。
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