1眼目 依頼は左目、標的は右目

4/10
前へ
/39ページ
次へ
コウサイと名乗った男は、裕子に深く頭を下げた。 彼女はすぐさまひざ立ちで彼にすがりつき、その靴に頬ずりをする。 「待ってた…ああ…! あの男を、あの男をどうか殺してください、お願いします…!」 「まずは中へ入りましょう。風邪をひいてはいけません…さあ、立っていただけますか?」 「はい…!」 裕子はコウサイの言葉に従って立ち上がる。 やがてふたりは、路地裏の壁に向かって歩き始めた。 壁が目の前に来ても、彼らは歩くことをやめない。 そのまま行けばただ壁にぶつかるだけであるはずが、なぜかふたりはそのまま壁の中へと吸い込まれていった。 雨に濡れた地面には、にじんで消えかけた血文字がある。 それは『oculus』…ラテン語で『目』と書かれていた。 安村刑事と佐伯刑事は、署を出てから別々に聞き込みを行っていた。 その結果、高村 進次郎は店の中だけでなく外でも、さまざまな女から金を巻き上げていたらしいことがわかった。 「…うーん…」 動機が存在する女たちの数が多すぎて、容疑者を絞り込む段階に進むことができない。 どうしたものかと考えていると、佐伯刑事から電話がかかってきた。 「安村だ、どうした?」 ”おつかれさまです。崎島商事で、高村の客…というわけではないんですが、事件の少し前から職場に来なくなった女の子について、話を聞けました。設楽 裕子というんですが” 「客じゃない、ってことは恋人ってことか?」 ”どうもそういう感じではないんですよね…彼女と親しかった友人によると、以前高村らしき男と歩いているのを見て、それについて訊いてみたら『オフ会で会った人』と言われたそうで” 「ほーぅ…? で、その女が今も職場に来てないってわけだな?」 ”そのようです。友人といっても、つっこんだ話をするほどの仲ではないらしくて、それ以上は…” 「よし、俺もそっちへ行く」 安村刑事はそう言うとすぐに電話を切った。 彼は崎島商事に向かい、設楽 裕子の友人だという女性に話を聞く機会を、半ば無理やりに作った。 「確認したいんだが、君の友人というのは…この子か?」 安村刑事は、ポケットから紙を取り出し、広げて見せた。 そこには、彼が現場近くで取り逃がした女の似顔絵が描かれている。 これは署を出る前に、彼が似顔絵捜査員に依頼して描いてもらったものだった。 「え…」
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加