1眼目 依頼は左目、標的は右目

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コウサイは突然、強く言った。 同時に目を見開き、自身の顔を裕子の顔に近づける。 その勢いに、裕子は言葉を失った。 コウサイはそんな彼女に、微笑みながらこう続ける。 「復讐とは、鞘も、持ち手すらもない刃そのもの…相手を傷つけ、自分も傷つく。意味などは無く、生み出されるものも無い。それが復讐というものです」 「うっ…!」 裕子の胸の奥で、心臓がひときわ強く鼓動を打つ。 それとともに浮かび上がったのは、復讐を決意するに至った記憶。 ゆらめきと熱さは炎のように、彼女の心を焼き焦がす。 ”ツケてた女が逃げちゃって、僕が店に金を入れなきゃならなくなったんだ…本当に悪いんだけど、100万くらい貸してほしい” ”君だけが頼りなんだよ。愛してる。それはそうと欲しい服があってさ、20万のスーツなんだけど” ”結婚を前提に考えてるよ、当たり前じゃないか。僕もまっとうな人間になろうと努力してる…でも店側がそれを許してくれないかもしれない。説得にはお金がいるんだ” ”子ども…? 子どもができた、ってそれ…本気で言ってるの? こんなに愛してるのに浮気したんだね、君は…! 許せない、もう僕の前から消えてくれ!” 愛した男に言われた言葉たち、そしてその表情。 それらを思い出した裕子は、強く歯を食いしばる。 (浮気なんて…浮気なんてするわけない! あんたのために必死で働いて、借金までしてお金作って、それでも…! いつか幸せな家庭を築けるって本気で信じてた…) 彼女は決して、器量のいい女性ではなかった。 それを自分でもあきらめている部分があった。 毎日ただ仕事をして、生きて、いずれ誰にも知られずに死んでいく…そんなふうに人生を捨てていた。 そんな時に出会ったのが高村 進次郎だった。 SNSで出会い、仲良くなり…それからは夢のような日々だった。 その夢は、彼女が金を貢ぐことができている間は、続いた。 だが妊娠が発覚すると、夢はそこでぷっつりと途切れてしまった。 その先に待っていたのは、膨大な借金と無理がたたっての流産という、もはや逃れ得ない絶望だった。 (私をかわいいって言ってくれたのはあんただけだった。だから私は…なのに…なのに……!) 「ううぅぅぅぅううぅぅぅううううううう…!」 怨嗟のうめきが、裕子の口から漏れる。 コウサイはそれを聞いて、目を細めた。
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