2人が本棚に入れています
本棚に追加
高村に背を向けて、女はバスルームから出ていってしまった。
近くで彼女の裸体を見た彼は、逃すわけにはいかないと鼻息を荒くして彼女を追う。
高村がバスルームのドアを開けると、女は彼の方を向いて立っていた。
いつの間に着たのか、黒革の装束を身にまとっている。
そのことにも驚いたが、さらに彼をぎょっとさせたのは、女の左手に乗せられた物体だった。
「な…それ、目?」
「今回のターゲット、間違いないかしら?」
女は、自身の左手に乗せたもの…目玉に向かって問う。
その問いに答えたのは、どこからか響いてきた裕子の声だった。
”間違いない…コイツよ! コイツを殺して!”
目玉は設楽 裕子の左目であり、コウサイにえぐり取られたはずのものだった。
体から離れたはずの目で、彼女は高村の姿を『視認』することができた。
しかもこの場にいないはずなのに、女に対して返答までした。
突然に起こったこの事態を、高村は理解することができない。
ただ、裕子の声を忘れてはおらず、その言葉もしっかりと耳に入っている。
彼は顔を歪め、どこかにいるらしい彼女を探しながらこう叫んだ。
「なんだ裕子、お前今なんつった? 俺を殺せだと? 俺は信じてたのに、浮気して子どもまで作ったのはお前だろ! 今まで遊んでやった恩を忘れて、なに言ってやがる!」
「あーらあら…アナタの相手はワタシよ。うふふっ」
女が笑うと、左手に乗っていた目玉がふわりと消える。
彼女はそっと高村に近づき、まるで小さな子どもをあやすようにささやいた。
「アナタの言い分はどうでもいいの。ワタシは彼女に依頼された。だからそれをやり遂げる。それだけのこと」
「なに…!?」
裕子を探していた高村の顔が、女の方へと向く。
それを狙いすまして、女は右手で彼の顔をつかんだ。
高村の目を見つめ、自らの名を名乗る。
「ワタシの名前は『瞳』。アナタの右目と命を、もらいに来たわ」
「う、うぅっ!?」
高村は逃げようとするが、女の細い手をどけることができない。
彼女は微笑みながら左手を高く掲げた。
左手人差し指の爪が、長く伸びる。
黒いマニキュアが銀色に変化し、爪の上に目玉の模様が真紅を帯びて浮かび上がった。
「アナタの世界を見たその右目、いただくわね」
「や、やめ…!?」
最初のコメントを投稿しよう!