第1章

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 病室のドアが、また静かに開きました。そこには香川リオが立っていました。アイドルです。正真正銘のアイドルです。私と同世代であり、男子からは絶大な人気でした。そのリオちゃんがなぜか病室に入ってきたのです。  その時の私は、きっと口をあんぐりと開いていたことでしょう。リオちゃんは涙を流しながら近づいてくると「あなた・・・・・・本当に良かった」と声を震わせました。  成田さんは「しまった!」という表情を浮かべていました。嶋の「奥さん」がアイドルであることを伝え忘れていたのです。  もしも本当に私が嶋という俳優であるのなら、一体どれほどの変化が過去に起きていたのでしょうか? 心変わりというレベルではありません。脱皮して全く違う生き物に生まれ変わったとしか思えないのです。私は女性の裸を見ても興奮などしません。むしろ嫌悪感しか湧かないのです。その私が女性と結婚していたなんて、絶対にありえない絵空事でした。 「さっきまで普通に喋っていたんだけど、疲れてしまったみたいだ」成田さんはリオちゃんにそう言うと、私に目配せしてきました。下手に長話をすれば取り繕いきれなくなると思ったのでしょう。 「意識が戻っただけでも嬉しいです」リオちゃんは私の唇にそっとキスしてきました。  どうやら悪夢はまだ始まったばかりだったみたいです。私は眉間にシワを寄せ、露骨に嫌な顔をしてしまいました。 「リオさん、仕事は大丈夫なの?」成田さんは私の異変に気づいたのか、必死になってリオちゃんの気を引こうとしていました。 「CMの撮影中だったんですけど、主人の意識が戻ったことをスタッフさんに伝えたら皆すごく喜んでくれて、時間をくれたんです。すぐに戻らないといけないんです」 「そうなんだ。じゃあ、後のことは俺に任せてよ。あまりスタッフを待たせてもいけないし」 「そうですね・・・・・・また来ます」リオちゃんは手を振りながら、甘い香りを残して、そそくさと病室を出ていきました。
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