第1章

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「驚いたでしょ。君たちは世紀の大物カップルなんだよ。一番人気の俳優とアイドルが電撃結婚したのさ。海外にまでニュースされていたよ。今は理想の夫婦ナンバー1になっている」成田さんは自分の手柄みたいに語っていました。  私はパラレルワールドに移り住んでしまったSF映画の主人公みたいになっていました。いやそれは過大評価かもしれません。境遇に絶望してシクシクと涙を流す主人公なんていないのです。私は溢れ出る涙を止めることはできませんでした。 「タバコ吸う?」成田さんはポケットから電子タバコを取り出しました。 「吸いません」きっぱりと断りました。「僕はまだ18才ですし、ここは病院です」と涙声で告げると、「君はヘビースモーカーだったから、ちょうどいいかも。これで禁煙するいいきっかけになったね」と成田さんは軽口を叩くのでした。 「他に訊きたいことある? 全部答えるよ。それで記憶が戻るなら徹夜で付き合うよ」 「何で僕は俳優になろうと思ったんですか?」鼻をすすりながら訊きました。 「この業界って君みたいな同性愛者の人って結構多いんだよ。なぜだと思う? それは子供の頃から演じることに長けているからだ。ずっと男らしく振る舞ってきたんだろ? 素の自分を隠してさ。つまり生まれながらにして俳優をやってきたんだよ。だから必然といえば必然なんだ。まあ俺と初めて出会った時の君は、自分のことを誰も知らない東京という場所で、かなり弾けていたけどね。彼氏から貰ったピンク色のクマのぬいぐるみを抱いたまま外を歩いてみたり」  ぬいぐるみは誕生日に樋口から貰ったプレゼントのことでしょう。受験の時もお守り代わりにカバンの中に入れてました。結局のところ、家族や恋人との別れのような大きな事実よりも、ぬいぐるみのような些細な事実の方が、よほど説得力を持つのでした。
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