第2章

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第2章

 記者会見の時間が迫ると、私は全てを投げ出して外国にでも逃げ出したい気分のまま、やたらとフィットしているスーツに身を包み、高級車に乗せられて、病院からまっすぐ会見場に向かうのでした。  運転している成田さんは「この車は一千万円以上するんだぞ。君の車だからね」と前を向いたまま教えてくれました。  実家の母とはいつも二人で、バスや電車に乗って買い物に行ってました。父が亡くなってから数ヶ月で、母は車を手放したからです。一般的な思春期の少年にとって、母と一緒にショッピングするなんて行為は、言わば大罪であり、友人にその姿を目撃されようものなら前科に等しい汚名を着せられるのですが、私は子供の頃からずっと平気で、手を繋いで歩いてもいいくらいでした。あまり勘の鋭い親ではないので、私がゲイであることに気づいてはいないみたいでしたが、薄っすらとした違和感を覚えていたかもしれません。  会見場であるホテルが近づいてくると、エントランスにマスコミが群がっているのが目に入ってきました。 「ホテルの中で記者会見するんですよね?」成田さんにそう訊ねると「単に入り切らなかっただけだろ」と慣れた感じで鼻につく言葉を返してくるのでした。  車がホテルの前を通過して裏口に回る時、切れ間のないフラッシュを浴びせられました。  成田さんが根回ししてくれていたのかもしれません。記者に私的な部分について触れられることは殆どありませんでした。私は少し天狗になった人気俳優みたいに仏頂面で対応し、生意気な奴という印象を相手に与えるギリギリのラインで、大げさなくらいに口角を上げて笑顔を披露しました。緩急をつけるだけで記者と打者は簡単に打ち取れると、成田さんに言われたからやったまでです。  本当は胸が締め付けられそうでした。普段の私は全く逆なのです。いつもヘラヘラし、自分の本質を後ろ手に隠し持っている、箸にも棒にも掛からない人間でした。味方を作るのではなく、敵を作らない生き方、それが体の芯まで染み込んでいる無所属の地方議員みたいな奴なのです。 「アレで良かったんですか?」帰りの車の中で成田さんに問いかけました。 「いいよ、いいよ。完璧だ」ご満悦でした。
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