第2章

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 何部屋あるのか数えるのが面倒くさくなる程の豪邸で、一部屋の中に実家がすっぽりと入りそうなスケールでした。 「どこに何があるのかを覚えないといけないと思うとウンザリします」成田さんにそう打ち明けると「俺の家はここよりもだいぶ狭いけど、分からないことだらけだ。女房の貯金通帳なんてツチノコ探すよりも難しいと思うよ。だからあまり神経質になる必要は無いんじゃないかな」と心強いアドバイスをくれるのでした。  初めての海外旅行みたいにキョロキョロしながら家の中を散策しました。大理石の床が靴下越しに冷たさを伝えてきます。  ひとつひとつドアを開けて中を確かめるうちに、自分の寝室らしき場所を発見しました。中に侵入すると、窓辺にある机の引き出しを下から順番に引っ張り出しましたが、見覚えのある物は何もなく、空き巣をしている気分になるだけなのでした。  衣裳部屋もありました。ブランド物の洋服や靴がズラリと並び、私は興奮してしまうのでした。  コートの下に隠れるようにして、金庫が鎮座していました。高価な時計や宝石でも入っているのだろうか? と期待しながら玄関と同じように樋口の誕生日を打ち込みましたが、今度は違いました。思いつく限り四桁の番号を打ち込みましたが、どれもエラー表示です。 「記憶の手がかりになりそうなものは見つかった?」背後から突然聞こえてきた成田さんの言葉に、驚きながら振り返りました。 「何もないです」肩を落として答えると、リビングに戻り、本皮のソファに浅く腰掛けました。  成田さんは思い出したように携帯電話を渡してきました。病院で何度もお願いしたのに「今はまだダメだ」と言われ拒否され続けた携帯電話がようやく自分の元に戻ってきたのですが、それは全く見覚えのない外観に様変わりしてました。やたらと軽くて薄いのです。  顔認証をすると簡単にロックが解除されたのですが、友人や家族の番号は綺麗に消えていました。電話帳は半数近くが知らない人の名前で埋められ、残りの半分はテレビの中でしか見たことのないタレントの名前がズラリと並んでいました。千人近く登録されている電話帳を見つめて途方に暮れていると、成田さんは「それが今の君の交友関係だよ。全部暗記してほしい。分からない人のことは俺に訊いて」と相変わらずの無理難題を押し付けてくるのでした。受験の参考書が絵本に感じる程の難しさです。
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