第2章

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 嶋タケルという人間の素性を知れば知るほど、「最低なクズ」という事実が浮き彫りになり、私を憂鬱な気持ちにさせるのでした。10年という月日は人を変えるには充分な長さなのでしょう。富と名声を手に入れるために、顔と名前を変え、過去の人間関係を消し去り、好きでもない女と結婚したのですから。  そして過去の自分を手繰り寄せる唯一の糸口が不倫だけであるという事にふと気づいて、私は言い知れぬ嫌悪感を抱きながらも、成田さんにこう訊ねざるをえなくなってしまうのでした。 「僕が不倫していた相手の男の名前は分かりますか?」  「いや・・・・・・もう忘れたよ、行きずりの恋の相手の名前なんて」 「樋口という名前じゃなかったですか?」 「さあね、マジで分からないよ」 「本当のことを言ってください」 「しつこいな!」 「教えてくれないなら、芸能界を引退したいと言ったらどうします?」私は親に叱られている子供みたいに、上目遣いで成田さんの表情をチェックしながら言いました。 「無理だよ。君は引退できないよ」 「なんでですか?」 「俺は君の重大な秘密をもう一つ握っているからだ。でもそれは嶋タケル時代の秘密だから、今の君は覚えていないよ」 「内容は教えてくれないんですか?」 「また次に引退したいなんて言葉を口にした時のために、取っておくよ」  脅しでした。記憶が無くなっている事をいいことに、もてあそばれている気分です。相手の弱みを握っている人間だけが持つ狡猾な笑みを浮かべながら、成田さんは話を続けました。     
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