第1章

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 それは本当に嫌な目覚めでした。目を開いた時に自分がどこに居るのか分からないというシチュエーションは、悪夢よりもタチが悪いのです。  何かのきっかけで人生をやり直すことができたというのなら、その最初の日が病院のベッドの上だなんて、美容整形の患者くらいなものです。気に入らない箇所は顔だけでも相当ありますが、直そうと思ったことはありません。  なにしろ私は、恋人である樋口と一緒に、受験する大学の下見をしていただけの高校3年生なのですから。  体を少しだけ動かすと、信じられないほどの痛みが全身を駆け巡っていました。これはきっと事故に遭ったのだ、思いがけない事故に、後ろから突然車に突っ込まれた、あるいは頭上にあった看板や植木鉢が落下して直撃したのかもしれない、いずれにせよ何かとんでもない不運な目にあったのだろう、そう思うようになるまでに多くの時間を必要としませんでした。 「うああ!」という悲鳴は、視界がぼやけるほどの頭痛が襲ってきた時に私が発したものです。寝ている間に、頭の中に折りたたみ自転車でも押し込まれたのではないだろうかと疑いたくなるほどの痛みでしたが、問題はそこではありません。自分の声とは思えないくらいに野太くハスキーになっていたのです。いわばオッサンの声です。  次々と入ってくる新しい情報が、一つ前の情報を上書き保存せずに、頭の中でひしめきあっていました。どれから手を付けたらいいのか分からなく、ゆっくりと咀嚼することもままならない状態です。  病室のドアが音も無くスライドすると、スーツ姿の見知らぬ男が入ってくるなり突然大声を出しました。 「嶋くん! 意識が戻ったのか!」  この男はきっと病室を間違ったのでしょう。私の名前は、渡辺岳です。
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