第2章

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 それを仕事と表現するのは、世界中の労働者を敵に回すことになるのではないだろうかと、今でも思います。私は言われた場所に立って微笑むだけでした。ただそれだけのことに、周囲の人々は惜しみなく賞賛の声を掛け、目に涙を浮かべ、最後に花束までくれるのでした。そして数千万円のギャラが会社の口座に振り込まれるのです。  これぞまさに究極の錬金術と言えるのではないでしょうか。手ぶらで行って、手ぶらで帰ってくるのです。名刺すら必要ありません。全員が私の顔を知っているのですから。  10年前の私は全てを捨て、嶋タケルという商品に、ここまでの価値を付与させていたのです。しかしそれは、切り株だらけの見向きもされない土地を開墾し、高値で売れる農作物を収穫するのとは違い、地下に眠る油田を掘り当てたような感覚の方が近いと思えるのでした。  私に何の才能もないことは、私が一番良く知っています。これらは全て偶然の産物のような気がして仕方ないのです。  スタッフや関係者にペコペコと頭を下げて現場を立ち去ると、先回りして車の中で待っていた成田さんは、嬉しそうに話しかけてきました。 「良かったよ。最高だ。むしろ事故前よりも良い。みんな感心してたよ。あんなスターなのに腰が低いってね。事故にあって正解だったのかもな」  うるせえよ、心の中でそう呟きながら、私の新しい人生は幕を上げたのでした。
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