第2章

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 淡々と仕事をこなし、一週間が経過しても、私が記憶を失っていることに気づく人は現れませんでした。素人丸出しの演技を披露しても指摘してくる人は皆無なのです。元々その程度の演技力しかない俳優なのだから当然です。  嶋タケルに求められているのは、ルックスとネームバリューだけなのです。著名な画家の描いた落書きみたいな抽象画と同じなのかもしれません。良いものだから価値があるのではなく、価値があるものだから良いものなのです。 「いよいよ明日は、奥さんが帰ってくる日だね。記憶喪失であることを打ち明けなくても、このままやっていけそうじゃないか?」  仕事終わりに立ち寄った中華レストランの個室で、成田さんはビールを飲みながらそう言いました。夫婦揃って多忙を極めているため、会うことは殆どなかったのですが、いよいよ明日が帰国の日なのでした。  入院中にリオちゃんは何度か御見舞に来たのですが、ほとんど夫婦らしい会話をすることなく終わっていました。成田さんが強制的に終わらせていたのです。私がボロを出しそうになると成田さんは夫婦の会話に首を突っ込み、過保護な親のように私の思考を代弁するのでした。     
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