第2章

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 気まずい空気のまま店を後にし、私は一人で家に戻りました。  居間をグルグルと歩き回りながら、出演する映画の台本を読みつつ、明日から始まるリオちゃんとの夫婦生活の台本を頭の中で書いていました。  まるで着ぐるみを重ね着しているみたいな息苦しさでした。嶋タケルを演じながら、映画の役も演じなければいけないのです。せめて家にいる時くらいは、素の自分をさらけ出せるようにしたいのですが、リオちゃんの前では、良き夫を演じなければいけません。  きっと嶋タケルは、男と不倫をしている時だけが、心を休めることのできる掛け替えのない時間だったのでしょう。帰る場所を失った孤独な人間を慰める方法は多くないはずです。使い切れないほどの金や広大な邸宅では、その埋め合わせにはならなかったということです。  もしかすると、嶋タケルは事故なんかではなく、自殺を試みたのではないだろうか? そんな仮説が私の中で産声をあげると、それは見る間に成長していきました。  レストランのトイレで話しかけてきた記者の言葉が真実なら、不倫相手は既に亡くなっていて、そのことを知った嶋タケルは失意の底で後追い自殺を決行した、そう考えると一連の出来事のつじつまが合うのでした。  私の不倫相手は一体誰だったのだろうか? それを知りたければ、あの声だけの記者にもう一度会わなくてはなりません。簡単なことです。成田さんが過去に記事の揉み消しのために会っているのですから、彼に訊けばいいのです。  汗ばむほどに家の中を歩き回りました。徒労に終わると知りながら、もしかしたらどこかに遺書を残しているかもしれないという、一縷の望みにかけていたのです。そんなもの見つかるわけもなく、私はため息を付きながら生まれて初めて酒を飲みました。体はすんなりとアルコールを受け入れ、酔うことはありませんでした。
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