第2章

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 テーブルに並べられた朝食は、どれも味が薄く、頭を抱えたくなるほどでした。私が次々に料理を平らげている様子を、リオちゃんは凝視していました。 「美味しい?」 「うん」 「いつもどんな料理でも、塩を掛けて食べていたのに? 私の料理は薄味だから苦手だったはずでしょ」  私の嘘は、一日すら持ち堪えられませんでした。自白剤の入った朝食を食べさせられていたのです。「事故のせいで味覚が変わったのかな?」と弁明したところで無駄でした。私は正直に打ち明けることにしました。 「どうやら記憶が消えているみたいなんだ」 「・・・・・・いつの記憶?」リオちゃんの声は震えていました。 「18才から、今に至るまでだよ」 「嘘でしょ?」 「本当なんだ」 「それじゃあ、私のことも忘れているの?」 「いや、それは覚えているよ、元々アイドルだったし」 「記憶はそのうち戻るの?」 「医者からは、はっきりとした返事はもらえなかったよ」  私は俯きながら、リオちゃんの表情を確認しました。鈍感な男ならきっと気づかなかったと思いますが、私はその表情から微量な笑みを検知していました。隠し味にもならない一摘み以下の微笑です。  この人も何かを隠しているんだ、そう思いました。夫が記憶を失うと都合のいい何かをです。  きっと夫婦関係はとっくに終わっていたのでしょう。それも嶋からの一方的な裏切りだったと思われます。理想の夫婦という世間の評価のために無理やり存続していただけなのです。仲の悪いアイドルグループと同じです。しかし私が記憶を失ったことによって、やり直すチャンスが巡ってきた。そういう意味合いを含んだ微笑だったのではないでしょうか。  次に考えられるのが、金です。離婚するのは既に不可避な流れで、それでいて夫婦しか知らない隠し財産みたいなものが実はあったとしたら、リオちゃんは笑いが止まらなくなって当然です。独り占めできるのですから。  理由が何にせよ、私の告白の後から、リオちゃんは新婚夫婦みたいに接してくるのでした。私はそのノリにいささかの疲れを覚えていました。 「・・・・・・妊娠したかもしれない」  リオちゃんは耳打ちするように、笑顔でそう伝えてきました。
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