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第3章
仕事は順調でした。成田さんだけではなく、リオちゃんまでもが献身的に協力してくれるようになったからです。私はただひたすらロボットのように仕事をこなす毎日でした。破れかぶれと言ったほうがいいかもしれません。行く先々で笑顔を振りまき、台本通りに役を演じ続けました。そしてマスコミには、第2次嶋タケルブームと揶揄されるまでになっていくのでした。
本来の自分に戻りたいと、立ち止まって願う時間的余裕すらありません。それはもはやランナーズハイと同じでした。こうなったら何も考えずに行けるところまで行ってやろうじゃないかというポジティブな波が定期的にやってきては、砂浜に描いた渡辺岳という小さな名を消し去っていくのです。
どんなに高額のギャラを貰っても、私は何かを欲しないと心に決めていました。毎日同じ服を着て、かかとのすり減った靴を履き続けました。
それはささやかな抵抗でした。物質主義への孤独なハンガーストライキです。カネやモノでは決して埋めることのできない事があるということを、無言で伝えたかったのです。
しかし誰も私のシグナルに気づいてはくれませんでした。成田さんは自社ビルを建て、最上階でふんぞり返り、リオちゃんはオフの日ともなると、大きくなったお腹をさすりながらショッピングに明け暮れ、好き放題に散財するのです。
「たまには休んだほうがいいんじゃないか?」
成田さんが心配そうにそう言うと、私はムキになって逆に仕事を増やしたくなるのでした。いわば心のリストカットです。敗戦国に生まれた人間の得意技である自虐的アピールでした。
嶋タケルという商品が壊れてしまうことを懸念したのか、成田さんは私の仕事量を勝手にセーブするようになりました。ポツリポツリと空いた時間が生まれても、それを有効活用する手段が思いつかず、ただ漠然と消化試合を眺めている気分になるだけなのでした。
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