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この頃だったと思います。私は樋口の顔を思い出せなくなっていることに気づきました。写真や画像といった手がかりは一切無いため、記憶の片隅に残された画素の低いイメージを膨らませるしかなかったのです。無理に顔を思い浮かべようとすると、他の記憶が混ざってしまい、見たことのない女の顔がフワッと出てくるのでした。
「樋口のことを教えてください」リオちゃんが近くに居ないことを確認してから、事あるごとに、この言葉を呪文のように唱えました。こうなったら成田さんをノイローゼに追い込むくらいに、繰り返し樋口の名前を連呼し、根負けさせてやろうという、少々荒っぽい手段に打って出ることにしたのです。
成田さんは最初こそ「しつこいな?」と苦虫を潰したような顔をしていたのですが、数日もすると表情筋が動かなくなり、そのうち「わかった、わかった・・・・・・」と言って肩を落とすのでした。
「その代わり、知ったら後悔するぞ。それでもいいのか?」
「構いません」たとえ損傷が激しくても、身内の最後の姿だけは目に焼き付ける遺族の覚悟でした。
「お前が男と不倫していることを記者にリークしたのは樋口なんだよ・・・・・・」
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