第3章

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 翌日、私は何食わぬ顔で事務所に出向き、成田さんと仕事の打ち合わせをしていました。昨日の出来事には一切触れず、淡々とスケジュールを頭に叩き込むのでした。成田さんは最初こそ驚いた顔をしていたのですが、私の心情を詮索することなく、いつも通りに接してきました。  これで良いのです。事を荒立てなければ、大抵の物事は上手くいくようになっているのです。 「今度さ、夫婦で共演するCMの話が入ってきたんだけど、どうする?」成田さんは優しい目で話しかけてきました。 「いいですね、引き受けましょうよ」私は快諾しました。世間は私たちが理想的な夫婦であると勘違いしたままでした。世の中なんてそんなものです。本質を見抜ける人なんてほとんどいないのでしょう。  平和でした。道行く見知らぬ人に、自分が幸せであることを伝えたくなるくらいに平和でした。過去を懐かしむような年齢になった時、最初に思い浮かべる楽しかった時代が、きっとこの頃になるのだと思います。小学校の夏休みを余裕で上回っている気がしていました。  仕事は順調で、好感度の調査をすれば1位になるくらいでした。セックスレスではありますが、家庭も円満です。リオちゃんのお腹が大きくなるに連れて、樋口の存在は記憶の外に押し出されていくのでした。   そんな時、成田さんは突然逮捕されました。最初に入ってきた情報は、飲酒運転でしたが、それは誤報で実際は殺人の容疑です。 「どうしよう・・・・・・信じられない」リオちゃんはニュースを見て青ざめていましたが、私はそんなレベルではありません。目の前が真っ白になり、過呼吸に襲われ、ストレスで血尿が出るほどでした。  終わった、何もかも終わった、そう思いました。成田さんはきっと口を割るでしょう。仮に黙秘したところで、警察の捜査の手は私に忍び寄っているに違いありません。  数日後、家のチャイムが鳴り響き、私は警察署に連行されました。日本の芸能史に残る大スキャンダルがこうして生まれたのです。
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