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ショーケースの中に並べられた年季の入った食品サンプルが、私の足を止めました。老舗というよりは、ただの汚い定食屋です。ダメージのデニムを再利用して作られたような暖簾をくぐると、水が運ばれてくるよりも先に私は右手を挙げて、一番脂っこそうなスタミナ定食を注文しました。
「君も食べる?」私の誘いに、永野は嬉しそうに大きく頷きました。
他に客がいないのに、料理が運ばれてくるまで、やけに時間が掛かっていましたが、そんなことは特に気になりませんでした。時間つぶしこそが、刑務所で学んだ唯一の特技です。
店の隅に置かれたテレビからは情報番組が流れていましたが、知っている顔は一人もいません。
「ところで嶋さんは、これからどうされるんですか?」永野は店主に聞かれないように配慮したのか、声量を押さえながら訊いてきました。
「スタミナ定食を食べるよ」
「その後です」
「銀行に行く」
「もっと後です」
「そんな先のことは分からないよ」
料理が目の前に出されると、味の濃い肉と温かいライスを口に押し込み、胃壁に染み込ませました。体が高カロリーを喜んでいました。
「こんなに美味しいのに、明日同じものを食べたら、もうこの感動は薄れているんだろうね。喜びを持続させる方法ってあるのかな?」私は永野に問いかけました。
「私は記者になるのがずっと夢だったんですけど、記者になった最初の日と二年経った今日を比べて、そんなに温度差はないですよ。毎日ワクワクしてます」
「なんでだろうね?」
「なんででしょうね」永野はニコニコしながらスタミナ定食を食べていました。
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