第1章

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 病院の外を走る車のエンジン音が聞こえるほどの沈黙が訪れた時、成田さんは思い詰めた顔で口を開きました。 「どこまでの記憶が残っている?」  私は大学受験をするために上京してきたのが最後のセーブポイントであることを素直に伝えました。そろそろ人違いであることに気づいてくれ、という願いを込め、個人情報を明かしたのです。 「ギリギリ俺とはまだ出会ってない頃までの記憶しかないのか・・・・・・」  個室でなければ隣のベッドで横になっていてもおかしくないくらいに、成田さんは狼狽し、顔からは血の気を失い、未完成の人型ロボットみたいにぎこちない表情を浮かべるのでした。  私はいよいよ恐ろしくなり、ナースコールの位置を目で確かめていましたが、成田さんは敏感に察知し、先回りしてボタンを手で塞ぐのでした。 「今、人を呼ばれると困るよ・・・・・・とりあえず結論から先に伝えたほうがいいかもな」成田さんはそう言うと、ポケットに手を突っ込むのでした。  ああ終わった、バタフライナイフでも取り出して滅多刺しにするに違いない、しかし私が何をしたというのだ、何か見てはいけないモノでも目撃したのだろうか? かろうじて生き延びてしまった私にとどめを刺そうとしているのだろう、どうせなら殺す理由を教えてほしい、と次々に疑問が浮かんでは消えました。  成田さんは、さっきと同じ携帯を取り出すのでした。おもむろに私の顔をカメラで撮影すると、撮った画像を見せながら、 「渡辺くん、今の君は嶋タケルという名前の俳優なんだよ」と放言するのでした。  画像のソレは、赤の他人でした。目、鼻、口、どれをとっても私のパーツではありません。一つだけはっきりと言えることは、タメ息が漏れそうなくらいの美男子であるということです。 「他人の画像ですよね?」と私が言うと、成田さんはムキになり、カメラをセルフィーにして印籠のように突き出すのでした。私がウィンクをすると、映っている美男子も一緒にウィンクし、顔を赤く火照らせるのでした。
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