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「正月休み、今日で終わり。会社……いきたくないな」
香澄は編み物をしている手を止めると、人差し指をあごにあてて考えた。この考える仕草は僕が設定したやつだ。
「いいんじゃない」
僕は会社を辞めた。
退職理由に一身上の理由と書いた退職願をふんと言いながら見た課長は「どうせ、おまえもi-COなんだろ」と上目遣いで言った。
僕はなにも聞こえないふりをした。
i-COですけど、それがなにか?
「これからどうしようか」
「そうねえ……こっちに来る?」
こっち。
それは生身の身体を消去してi-CO化するということ。
つまり個人のデジタル化。
そう、僕が利用している3万人の女性データは現実世界に見切りをつけたり、デジタルの中に不老不死を望んだ人たちの姿だ。
人間のすべてをデジタルデータする技術は人口爆発、少子化、貧困格差などの様々な問題を一気に解決する手段として世界中で取り入れられている。
i-COは現実社会に未練を残さないために作られた道具という噂もある。
そうだとしたら僕はまんまと乗せられているが悪い気はしない。
香澄と過ごした時間は幸せだったし、それは本物の感情だから。
僕の身体はどこかの誰かの部品として使われる。余すことなくね。
最近は臓器だけじゃなく皮膚や骨も無駄なく使えるらしい。
こんな僕でも役に立つなら嬉しい。毛根がもっとあれば髪の毛もたくさん提供できたのに。
「おいでよ、こっちに。香澄とずっと一緒にいて」
壁のカレンダーを見た。月末まであと4日。
今月の家賃を振り込んだら、もう口座にはほとんど残っていない。
終わりなのかな。
どうせ、このまま生きていたって、ろくな人生じゃない。
だったら――。
昼過ぎに起きるとi-COサポートセンターからメールが届いていた。
使用しているi-COから「利用者のi-CO化希望」の連絡がきたという内容と住所が書かれていた。
僕はその住所を知っていた。
駅前のi-COステーションの住所だった。
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