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「寒い......」
ふと溢した吐息が、白く凍てつくのを認める。
まるで氷がはじけたようなソレに、私は指先でちょん、と触れる。
崩れ、霧散し、もはや掴むことすら出来ないソレに、私は、何を思っているのだろうか。
もはや感慨を抱けぬほど、私の心は淀んでいるというのに。
この肌を削ぐような痛みさえも、それが本当に私自身が今まで感じてきたものなのかさえも、とうの昔に忘れてしまった。
寒さなど、あの頃から既に感覚からも溶け落ちてしまっている。
......はず。はずなのに。
何で、今日に限ってそんなものが蘇ってきたのだろう。
一時の気の迷いか、それとも私にもまだ『ヒト』の要素が残っているとでもいうのか。
「ハッ。 無様だなぁ」
まだ『ヒト』であろうとしていたのか、『ワタシ』は。
こんな醜く濁ってしまったヒトガタのバケモノにそんな権利、あるはずがないだろう。
この無駄に長い髪も、泥のような眼も、血の気が引いたような気味の悪い肌も。
『私』ではなく、『ワタシ』を固有に識別するための記号でしかなく、また、『私』から全てを奪っていった呪いでもあるのだから。
「気の迷い......いや、ついに狂ったか? ふふ。」
いやぁ、今日はすこぶる気分がいい。
一日に二回も笑えるなんて、まるで愉しいことの予兆みたいで、少女のようにときめいてしまうではないか。
「ああ、ああ、ああーー」
寒いというのも、なかなか良いものだな。
ーーねぇ?
「アナタ達も、そう思うでしょう?」
声の先には、誰もいない。何かはあった。あったのだ。自分がここに来るまでは。
まるで生命の神秘のように、命の輝きのように、きらきらとうざったらしく自己主張していた何かが。
今ではもう、ワタシの中にある。
儚く溶けてしまうような結晶も、ふわふわとした冷たさも。
もうここには何もない。 なくなってしまった。
だというのに。
「ーー寒い」
どうやら本当に狂ってしまっているらしい。
何もないのに、何かあるように感じてしまうなんて。
「ああ」
とっても。
気分がいい。
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