2人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
事件発生
二月十四日、十一時過ぎ。女は、上機嫌で帰宅した。品川にある高級感のあるマンション。清潔感に溢れた大理石の床にパンプスを打ち鳴らし、ドアの前に立つ。
「あなたぁ、ただいまぁ」
甘えた猫のような声を出す女。この日はバレンタインデー。
部屋にいるはずの愛しい夫へ投げた声に、返事はない。不審に思い、眉間に皺を寄せる。女は部屋の中から異様な気配を感じ取った。
やけに静かだ。靴下でフローリングの床を歩く足音が反響する。
ごくりと唾を飲み込むと、仄かに鉄臭い匂いがした。女はますます顔を歪める。
「あなた」
尚も返事はない。そして、女は玄関から伸びる廊下の先。不穏な気配を醸し出す居間のドアに手をかける。
「百貨店でお土産を買ってきたの。ザッハトルテよ」
入るや否や、紙袋を落とした。がさりという音を追って、女は膝から崩れ落ち、嗚咽を漏らした。
居間に敷かれたカシミヤの絨毯を真っ赤に染めて、夫が倒れていた。頭部に殴られた痕と首筋、左胸を数回刺した外傷があり、猟奇的な事件を思わせる惨たらしい姿となっていた。
最初のコメントを投稿しよう!