あの夏

11/21
前へ
/21ページ
次へ
2時59分に病院に着く。わたしとあんちゃんはどこへ向かえばいいのかわからず、とりあえず夜間入口へ向かった。そこへたどり着く前にちぃ兄ちゃんから着信があり、母をみおくったと言われた。 また間に合わなかった。 やっぱり間に合わなかった。 真夜中、車の少ない静かな病院の駐車場。道の真ん中で立ち止まっても誰にも文句を言われない。あんちゃんが言った。 「最初の道を間違わんければ、間に合っとったかな」 確かに最初、道を間違えてUターンとかしてた。だけど、 「最初の到着時間は3時過ぎだったじゃん。道間違えんくてもたぶん、間に合わんかったと思うよ」 そう言いきるわたしは、冷たい人間なんだろうか。こういう時、あんちゃんの気持ちに寄りそえる方が人間らしいんだろうか。そんなことないよって。それとも、そうかもねって言えばいいのかな。 1人で生きていると時々、こういうことがわからなくなる。1人で折り合いをつけるクセがつくから、人にかけてあげる言葉が見つからない。こういう時、つくづく思う。やっぱりダメだな、1人って。 ちぃ兄ちゃんと父と、そのまま夜間入口で待ち合わせをした。表の玄関とは別に出入口があって、葬儀屋の車はそこに母を迎えに来てくれたのだと言う。そりゃそうか。病院だもんな。亡くなった人間を乗せた車がみんなと同じ出入口を堂々と使うワケないか。そんなことを話していると、ちぃ兄ちゃんが、「あ」と言った。 振り返るとちょうど、速度を緩めて走っていく黒い車がいた。運転席と助手席に2人乗っていて、どちらもこちらを伺うような姿勢で通り過ぎていった。 「たぶん、あれだと思う」 葬儀屋さんもわたしとちぃ兄ちゃんのやりとりを聞いていたはずだ。この辺りで家族が合流していると、もしかしたら気づくかもしれないと、ゆっくり走っていってくれたのかもしれない。黒い普通の大きい車だった。言われなければ誰も、後部座席に亡くなった母が乗っているとは思わないだろう。 「明日、10時に来てくれるって。お通夜もお葬式もせんって話はついとるもんで、あとはお金の話くらいだ」 そう言いながらちぃ兄ちゃんはわたしに小さな靴と入れ歯を渡した。 「お母さんの棺に一緒に入れてあげて」 ……てか、荷物、これだけ?そっちの方がびっくりするわ。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加