あの夏

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9時過ぎ、洗顔を忘れたことに気がついた。まあいいや。朝は水だけの方が肌にいいってきくしな。それからもってきたパンを食べる。ひとつ、あんちゃんにあげようとしたら朝はいらないと言われた。 10時、葬儀屋さんが大きな鞄を持って現れた。その中から小型のプリンターもあらわれた。そんなものまで入っていたのかと驚いている間に、その場で作ってもらった見積書が印刷された。ほほう、便利な世の中になったもんだ。 事前にお通夜もお葬式もしないと伝えておいたおかげか、話はとてもスムーズだった。骨は持って帰らない、写真も要らない。この家には母が亡くなったことが目に見えてわかるものは、一切置かない。すべて、母が望んだことだ。 ただ唯一、母の棺に入れる花を注文した。その時、念のためにと靴と入れ歯を入れてもいいかときくとダメだと言われてしまった。 「有害なガスを出してしまうようなものや、燃えた残りが骨にくっついてしまうようなものはお断りさせていただいております。ですのでお花や燃えやすいうすい生地の洋服、あとは手紙。故人様のお写真などですね」 そういえばわたしが結婚式の仕事でお世話になっていた丘の上にある教会も、フラワーシャワーは土に還る生花でないとダメだと言っていた。回収しきれなかった場合、ゴミを出すわけにはいかないからと。 手紙か……。もしもわたしの人生で母に手紙を書くことがあれば、結婚式くらいだろうと勝手に思っていた。そして、結婚もせず好き放題生きているわたしにそんな機会はないだろうとも。そうか。手紙か。まさか。こんな形で書くことになるなんて思ってもみなかった。 葬儀屋さんが帰って父とあんちゃんと3人で少し話をした。母の死を誰に、いつ、知らせるかだった。お通夜もお葬式もせず火葬まで家族だけですませるという事実に対してはコロナという大義名分がある。ご町内には回覧板で知らせればいい。だけど母の兄妹たちには? おじさんやおばさんにも、全部終わってからでいいの?
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