あの夏

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「では緩和ケアを受けられますか?それでしたら専門機関をご紹介します」 「それってうちから遠いんですよね?そんなに遠くまで通えませんから、ここなら近いのでなんとか通えるんです」 「でも、ここでは何の治療も受けさせてあげられないんですよ」 「いいんです。それで。ポックリ逝きたいんです」 痛みを取りのぞくことすら望まない母。医師にはご家族で一度話し合ってくださいと言われた。話し合っても母の気持ちは変わらなかった。このまま何もしない。何も特別なことはいらないと言った。 これまでだって充分苦しんだ。少しくらい楽をしたって、痛みを和らげることをしたっていいのに。それをわたしがうまく伝えることができたなら、母はもう少し生きようと思ってくれたのだろうか。今でもそれが悔やまれる。 母は早く楽になりたかったのだろう。きっと生きることはそれほどまでに、母にとって苦しみでしかなかったのだ。 母のいない所で医師は言った。 「今年の夏は越えられないかもしれません」 そうは言っても乗り越えられるだろうと勝手に思っていた。何の根拠もないくせに。あるとすれば「わたしの母だから」という、ただそれだけのこと。わたしは何を信じていたのか。けれど、医師の見立ては正しかった。 8月下旬、週の真ん中、真夜中。母の入院を知らせる電話を父から受けた。 『入院したらもう自分の力じゃ歩けんくなるで、二度と起き上がれん。もう家には帰れんで』
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