あの夏

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◆ 翌日の昼、父からメールが届いた。 『きのおわたのしかったありがとう』 父のメールは相変わらず、変換というものがない。もう見慣れたはずのその文面に、いつもとは違う笑みがこぼれた。 父は母と2人きりで、2人で暮らすには広すぎるあの家で。1人で。寂しかったことだろう。不安だったことだろう。現に何度も夜に電話をもらった。先のことを考えると不安で眠れない、どうしたらいいかわからない、と。わたしはいつも聞くことしかできなかった。 あんちゃんが運転する病院へ向かう車の中で父はこう言った。 「良いことなんかこれっぽっちもなかったけど、だけどこうして子どもだけは立派に育ってくれたで。それだけは良かったな」 実家をはなれて社会人として立派にやっているあんちゃんと、世の中の酸いも甘いも奥歯で噛みしめてきたちぃ兄ちゃん。やっぱり、こういう時は息子がいてくれた方が安心するんだろうなと改めてそう思った。2週間に1回帰ってくる娘よりも、ずっと。父にとっては。 あんちゃんとちぃ兄ちゃんにも父の言葉を伝えようかなと思った。だけどその前に再び電話が鳴った。 『今、病院に呼び出されただ。お母さん、危ないって。今、ちぃ兄ちゃんがこっちに向かってくれとるで』 昨日の今日。最悪の事態にも備えて待っていると、ちぃ兄ちゃんから連絡が入った。何とか持ちこたえたとのことだった。ただ、もうかなり体が弱まっていて血圧も低いままだという。 それでも意識はしっかりしていて、駆けつけたちぃ兄ちゃんの呼びかけには返事をしてくれたらしい。 少し前、母はちぃ兄ちゃんの時のお産が一番大変だったと話してくれた。ちぃ兄ちゃんは中学の時、いわゆる不良というやつで、父と母はちぃ兄ちゃんのことでいろいろ大変だった。だけどその分、兄妹の中で一番家族の絆は深い。 だからたぶん、母と最期に話した家族がちぃ兄ちゃんだったのも、母が望んだことだったんだと思う。最期に話す家族はちぃ兄ちゃんだと母は決めていたのかもしれない。もしかしたら。
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