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「潮の……香りがする。」
自宅を出て1時間半。
海風に髪をなびかせ微笑む姉。
そして、汗だくで身体から湯気を上げる、俺。
何度、車椅子を持ち上げただろう。
何度、姉を背負っただろう。
健常者なら30分ほどでたどり着ける、気軽に行けたはずの海岸が、長く険しく感じた。
しかし、辛い事ばかりではなかった。
姉を背負った俺。
代わりに車椅子を持ってくれた人がいた。
人混みに溶け込みそうになった時に、大きな声を上げて道を作ってくれた人がいた。
「がんばれ」
そう声をかけてくれた人もいた。
全ての人が、障がい者に厳しいわけではなかった。
ようやくたどり着いた海岸で。
俺は、たった一つの疑問を姉に投げた。
「なんで、海に来たかったんだ?」
どうして、父の送迎ではなく、俺とふたりで海に来たかったのか。
「ごめんね、瞬。」
姉は、何故か苦笑いを浮かべると、
「私……施設に入ろうと思う。」
俺の想像もしなかった言葉を、俺に向けた。
「私がどれだけの人に迷惑をかけているのか分かった。瞬に辛い思いさせてることも、知ってる。だから、施設に言った方が、きっとみんな……幸せだし、安心だよ。」
そう言った姉は……泣いていた。
どうして、
どうして目の前のこの人は、自分が辛い道ばかりを選んでいくのか……。
「姉ちゃんは、施設に入りたいのか?」
「……うん。」
「……嘘だね。」
俺は、強引に姉の肩を掴む。
姉は、驚いたように一瞬、身を震わせた。
「行きたいなら……泣かねぇよ。」
顔を背けようとする姉を制するように、俺は肩を掴む手に力を込めた。
俺は、迷惑だなんて思ってない。
姉に迷惑ばかりかけてきた俺。
そんな姉と、形はどうあれ一緒の時間を過ごせることが……
「……一緒に居れることが、俺は嬉しいんだ。だからさ、そんな寂しい事、言うなよ。」
姉に、俺は素直な気持ちを伝えた。
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