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強くて優しい姉。
そんな姉の弱さを見たのは、1か月後のことだった。
学校から帰ってくると、ぎこちないバイオリンの音が聞こえた。
誰でも弾けそうだと勘違いしそうなほど、ゆっくりと奏でられる曲。
家に入ると、母がリビングで泣いていた。
俺は、真っ直ぐ姉の部屋の前に立つと、ドアをノックする。
そのタイミングで、バイオリンの音がやんだ。
「姉ちゃん……入るぞ。」
ゆっくりと扉を開けると、姉が目の前に座っていた。
「久しぶりに弾いてみたけど……駄目だね。」
姉は俺の顔を見ると苦笑いし、バイオリンをぎゅっ……と抱きしめた。
「まぶしいステージに立って、好きなバイオリンを弾いて……瞬に、お父さんとお母さんに手を……振っ……て。」
姉が嗚咽を漏らす。
何年ぶりだろうか。姉が涙を流すのを見るのは。
「どうして、こうなっちゃったのかな?私が……夢を見すぎたから?欲張りすぎたから?罰が……当たっちゃったの……かな?」
嗚咽にまみれた恨み言。
それは、誰に向けられたものでもなかった。
矛先を、自分の所為にしようとする。
そんな、優しい、優しい姉の嗚咽。
「…………でもよ。」
俺はたまらず、姉を抱きしめる。
「バイオリンが弾けなくても、目が見えなくても、歩けなくても……、俺は、姉ちゃんの弟で、俺は、姉ちゃんが大好きだ。」
それは、俺の素直な気持ち。
友達をいじめた俺の横で、親御さんに一緒に謝ってくれた。
テスト前には、必ず自分のノートを持って部屋に来てくれた。
風邪をひいたら、自分のことなどお構いなしで看病してくれた。
そんな姉が、大好きだった。
だから……。
「今度はさ、俺が姉ちゃんのこと、助けてやる。姉ちゃんのこと、ずっと、守るから。」
俺は、決意を素直に口にした。
決意、なんて大げさかもしれない。
俺が姉に対して思う、『自然で、当然なこと』だと思っていたから。
そんな俺の言葉に、姉は俺の胸の中で泣いた。
大泣きする姉を見るのも、俺は初めてだったのかもしれない。
「姉ちゃん……今日は雪、降ってるぜ……。」
暗い部屋の窓の外。
街灯に照らされた雪が、まるで輝いて見えた。
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