POWDER SNOW

7/13
前へ
/13ページ
次へ
強くて優しい姉。 そんな姉の弱さを見たのは、1か月後のことだった。 学校から帰ってくると、ぎこちないバイオリンの音が聞こえた。 誰でも弾けそうだと勘違いしそうなほど、ゆっくりと奏でられる曲。 家に入ると、母がリビングで泣いていた。 俺は、真っ直ぐ姉の部屋の前に立つと、ドアをノックする。 そのタイミングで、バイオリンの音がやんだ。 「姉ちゃん……入るぞ。」 ゆっくりと扉を開けると、姉が目の前に座っていた。 「久しぶりに弾いてみたけど……駄目だね。」 姉は俺の顔を見ると苦笑いし、バイオリンをぎゅっ……と抱きしめた。 「まぶしいステージに立って、好きなバイオリンを弾いて……瞬に、お父さんとお母さんに手を……振っ……て。」 姉が嗚咽を漏らす。 何年ぶりだろうか。姉が涙を流すのを見るのは。 「どうして、こうなっちゃったのかな?私が……夢を見すぎたから?欲張りすぎたから?罰が……当たっちゃったの……かな?」 嗚咽にまみれた恨み言。 それは、誰に向けられたものでもなかった。 矛先を、自分の所為にしようとする。 そんな、優しい、優しい姉の嗚咽。 「…………でもよ。」 俺はたまらず、姉を抱きしめる。 「バイオリンが弾けなくても、目が見えなくても、歩けなくても……、俺は、姉ちゃんの弟で、俺は、姉ちゃんが大好きだ。」 それは、俺の素直な気持ち。 友達をいじめた俺の横で、親御さんに一緒に謝ってくれた。 テスト前には、必ず自分のノートを持って部屋に来てくれた。 風邪をひいたら、自分のことなどお構いなしで看病してくれた。 そんな姉が、大好きだった。 だから……。 「今度はさ、俺が姉ちゃんのこと、助けてやる。姉ちゃんのこと、ずっと、守るから。」 俺は、決意を素直に口にした。 決意、なんて大げさかもしれない。 俺が姉に対して思う、『自然で、当然なこと』だと思っていたから。 そんな俺の言葉に、姉は俺の胸の中で泣いた。 大泣きする姉を見るのも、俺は初めてだったのかもしれない。 「姉ちゃん……今日は雪、降ってるぜ……。」 暗い部屋の窓の外。 街灯に照らされた雪が、まるで輝いて見えた。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加