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「船長と? なんの話を?」
はじめ三等の乗船券で乗ってきたわりにすっかりVIP乗客の振る舞いをしている冥王は、今朝のあの一件で船長と面識を得たらしい。夕方になって船橋へ出かけていき、船長室でなにやら相談をしていたようだ。
「あの少年のことだ」
「ラミ、ですか」
『港についたらきっと警察に突き出される』と思ってヤケを起こした彼が、“暁の雫”を盗み出して帆柱へよじ登ったためにあの騒動が起きたのだ。王はおそらく船長に、寛大な処置を頼みに行ってくれたのだろうとナシェルは思った。
「そう。ラミ少年だ。聞けば彼は身寄りもなく、居ついた先は港町の盗賊団。アシールとかいうあの詐欺師を追いかけてきたとはいえ、盗賊団を勝手に抜けたのだから元の街へ戻れば制裁が待ち受けているやもしれぬし、そもそももう戻りたいとは思っていないだろう。
かといって我々が引き取って面倒をみるわけにもいかぬし、どうしたものかと考えていたのだ。彼が真っ当に自立できるようになるためには……」
ナシェルは、そう語る冥王の横顔を眺めた。遠き海原をみつめる王の紅の瞳は理知的で、弱き立場の者への優しさに溢れている。
「それでふと思いついたのだ。彼……ラミが、教えもしていないのにあの高いメイン帆柱へするすると昇ることできたのは、身軽さと度胸という立派な才能だとな。普通の者ならまず、あの高さに恐れをなすであろう。
それで『物は試し』と船長に相談したのだ。身寄りのない彼を、できれば見習い船員としてこの船で雇ってやってくれはしないだろうかと」
「船長は何と?」
「少年に、船乗りになる覚悟とやる気があるのなら、大歓迎だと」
「それ、素晴らしいですね父上」
ナシェルは王の腰に回した手に力を込める。
たしかにそうだ。次の大陸に着いたのち、当面の生活資金を渡して『ハイここでお別れ』というのは本当の支援とはいえない。少年の将来のことまで考えてそのように王がすぐに動いてくれたのは、ナシェルにとって驚きであるとともに感動でもあった。冥王にとって、本来人間の子供などとるに足らぬ存在のはず。正直そこまで気を回してくれるとは思っていなかった。
「ラミのことまで考えていただいて、ありがとうございます」
「なぜそなたが礼を言うのだ」
こちらをチラリと見て王は苦笑を浮かべ、続けた。
「それに礼を言うのはまだ早いぞ。問題は少年自身がそれを望むかどうかだ」
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