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「きっと大丈夫ですよ。ラミがそんな素晴らしい話を断る理由はないと思います。
ラミはきっとあの港街でたくましく生き延びながら、自分の本当の居場所を探していたのでしょう。だからこの船に飛び乗った。
……過去の罪は水に流して、ラミには『自分がここにいてもいいんだ』と思える居場所を提供してあげれば、きっと彼は持ち前の器用さと賢さで自分の道を切り開いていけると思います。……マストのてっぺんまで逃げたことがまさかこんなことに繋がるとは、まだ夢にも思っていないでしょうけど」
言い終えたナシェルは冷たい海風を胸いっぱいに入れた。なんて素敵な夜だろう……冥界ではこうはいかない。地上界には昼があるから、夜の闇がとりわけ貴重なものに感じる。
それとも、思いがけず貴方とこうして過ごしているからか。
「そうだねナシェル。ラミ少年が意を決してこの船に乗り込んできたことは彼にとって幸運だったと言える。ヴァニオンから掏った金がラミを決断させた。人生の針路を変えるきっかけになったといっても過言ではない」
「有り金をスられた我々は一瞬、文無しになって慌てましたけどね」
「なに、あれしき、はした金だよ」
王は首をひとふりし、頬にかかる黒髪を後ろへはねのけた。
「……あれしき、はした金とおっしゃいますが、はじめヴァニオンにかなりの旅費を預けていたんですよ。父上は額なんてご存じないでしょう」
「む? ああ、そうかそうだったね、はは……」
冥王は夜空に笑いを響かせ、ナシェルは小首を傾げた。
「変なの」
ふと思いついて戯れに、帆を支える帆策に添えていた片手を離してみせた。海風をまともに受けた体は飛ばされそうになりながらも冥王の片腕に抱かれて辛うじて、船首の出っぱりに留まる。
少し危ういところに立つのが、スリリングで好きなのだ。
王に全身を預けるようにして、ぴたりと寄り添った。
体の凹凸すらももどかしく思えるほど。
王の腕が力強くナシェルを抱き寄せ、支える。
海風はふたりの髪をもつれさせ、後方へとはためかせる。
王の肩に頬を預けてナシェルは瞼を閉じる。
こんな素敵な夜が連日訪れるなら、ずっとこのまま航海が続けばいいのにな。
ずっとこうしていたいなと、声に出して呟いてみる。
夜風に紛れて消えたはずの呟きを、王は耳聡く拾ったようだ。
「余もだよナシェル。ずっと一緒にいたいね……」
二人はいつまでもそうして寄り添い、波の音を聞いていた。
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