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西の大陸の端にある、由緒正しい港町。
大型客船が次々と入港しては、人や物を積み下ろし、また乗せ、西の大陸の各地や東の大陸へ向け船出していく。
停泊した、ひときわ大きな豪華客船からは乗客や水夫たちが降りてきて、陸での束の間の休息を楽しもうと繁華街に繰り出していく。
力夫、商人、娼婦などさまざまな職業の老若男女で溢れ返り、港はいつにもまして活気づいていた。
ここは東の大陸までの長い航路の、最後の寄港地であった。
◇◇◇
港のにぎやかな大通りを、一人の青年が歩いている。
均整のとれた身軽そうな長身に、茶黒の短髪。長くのばした前髪を、さらりと横に流している。黒い瞳は鋭い光を放ち、面立ちは古代の英雄像のように彫り深く、すれちがう者が男女問わず振り返るほどの美丈夫だ。
…だが、そのように恵まれた容貌にも関わらず、いま青年は背を丸め、胸の前で腕を組み、ぶつぶつと呟きながら俯き加減に歩いてゆく。まるで元気がない。時おり溜息をつきながら赤く腫れた頬に手をやって、顔を顰めるのだった。
「…いちち」
青年はぼやく。
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