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670馬力の女
───息を荒げながら涙を流すレオは、ゾンダを見てはいない。
いや、見ないようにしているのだろうとすら推測できた。
銃口の先にいる、ガンツへ。
ジジにすら目を向けず、ただ真っ直ぐにガンツを見ている。
その声は、歯を食いしばった喉の奥から絞り出された物だった。
「話聞いてたのか!? レオ、落ち着いて考えろ!!」
「黙れジジ!!!!!!! ……クソ雑魚野郎ッ! さっさとあの鉄クズをぶっ壊せ!」
「ほう、良いのだな」
「早くしろおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!!」
感情を追い越す、レオの声。
その叫び方を、ジジは知っていた。
湧き上がる理性を押さえ込むようにして、喉を引き裂かんばかりに飛び出すその声。
その声に、ジジもまた、涙を流した。
レオの姿、そして、ゾンダの最期に。
「では。起爆する」
ダァンッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
20メートル向こう。
ミラノに木霊する爆発音。
真上に上がる火柱。
飛び散るゾンダのボディー。
エンジン。
レオが何度も握ったステアリング。
時折コーラをこぼしたシート。
ジジがステッカーを貼ったコンソール。
事故車として納車されたあの日から、何週間もかけて修復した。
そしてゾンダは蘇り、数え切れないほどの勝利を経て、ミラノ最速の座に居座った。
クソ女に負けたあのレース。
ヴェルグ・カイザーズとの峠レース。
ジロ・ラメンの連中とのカーチェイス。
そして、今日も。
今のレオをここに運んでくれたゾンダは、納車されたあの日の姿……。
いいや。
かつてないほどまでに木っ端微塵になった、壮絶な最期。
レオはその最期を。
見てはいなかった。
レオはその爆風が収まるまで、ガンツを見ていた。
きっとそれを見たら、後悔してしまうから。
レオは正解を選んだ。
正解を選んだことを、後悔してしまうから───。
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