自分という存在

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それから唐橋は、俺に《解離性同一性障害》について知っている限りの事を話してくれた。 《|解離性同一性障害》《かいりせいどういつせいしょうがい》Multiple Personality Disorder.通称《MPD》 解離性障害の中では最も症状が重いと言われ、離人症や解離性健忘などと言った症状によって切り離された感情や記憶が、自らの意思を持って成長し、別の人格として表に出る。 そしてそれは、本人にとって堪えられない状況やトラウマ、それによって引き起こされるストレスなどを、それは自分ではないと思ったり(離人症)、その時期の記憶や感情、トラウマといった事を切り離し、無かったこと(解離性健忘)にして、それ以上の心へのダメージを回避しようとする、一種の防衛反応がそれらを構成していく、との事だ。まあ、俗に言う《多重人格者》と言うものらしい。 正直、ここまで話を聞いても俺には理解は出来なかった。 「…ほー、成る程ねぇ。じゃあ俺は、俺であって俺じゃないわけだ」 分かったのは、俺以外に他の奴が俺の体を間借りしているという事。 それが唐橋の言う『彼』を指しているという事。 ソイツは俺と違い、穏やかな性格だが、自分の名前すら覚えていないポンコツだという事。 そんな唐橋の話を聞き流しながら、俺は特に興味も無さそうな態度で空を見上げ、呑気に空高くを飛んでいる鳥を見つめて煙草を吹かし、思ってもいない言葉を口に出す。 「でも、君がいきなり『頼みがある』なんて言うものだから驚いたけど、まさか『煙草を吸いたい』だなんてねぇ…。思いもしなかったよ」 得意気に煙を吐き出す俺を見ながら、唐橋は胸を撫で下ろしたかのような感じでそう呟いた。 よっぽど何か違う事を言われるのだろうと覚悟していたのだろう。その証拠に、今は気の抜けた顔でヘラヘラと笑っている。 思い返してみれば確かに、あの時の唐橋の顔は鳩が豆鉄砲食らったみたいな表情だった。 それでも、こうしてわざわざ病院の屋上の喫煙スペースまで連れてきてくれた事には感謝はしなければならない。あと、煙草も。 「…まあ、本当は駄目なんだけどね。患者さんに煙草を吸わせるのは。そもそも病院内は一応禁煙だし」 「一応って何か含みのある言葉だな」
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