自分という存在

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その俺の言葉に対し、唐橋は少し複雑そうな表情をしながら言葉を返す。 「…医者も一人の人間だからね。色々とあるんだよ」 そう言う唐橋は、何も無い空を掬うように手を伸ばし掴もうとする。だが、その手は何も掴めずにただそこにあるだけだった。 空は掴めない。でも確かにそこにある。 その一見すると意味の無い事をしている唐橋の姿は、何とも言えない狂おしさと美しさの狭間にあるように思えて、俺は言葉を返すことが出来なかった。 「…ほら」 「ん?」 なので俺は唐橋に一本の煙草を差し出した。 「俺はアンタと違って医者じゃないんでな。薬とかは処方できない」 ぶっきら棒に差し出された煙草に唐橋は少しの戸惑いを隠せずにいる。 「でも、そう言う気分の時に煙草(コイツ)は役に立つ」 それでもそう言って半ば強引に煙草を突きつけるように渡した俺に唐橋は意外な反応をみせた。 「…そうだね。そう言う意味では煙草(コレ)は薬よりも優秀なのかもしれない」 受け取った一本の煙草を指先で転がしながら、唐橋は医者らしからぬ言葉を発する。 正直、肯定するとは思っていなかった。 『僕は医者だから』とか何とか言って返されると思っていた。 そんな呆気に取られている俺を気にする素振りも見せずに、唐橋はそのフィルターの付いていない両切りの煙草を流れるような動作で軽く詰めて吸い口を丸め、口元へと運び、白衣の内ポケットから銀色に鈍く光るオイルライターを取り出した。 ピンッと乾いた軽い音と共に、オイルライター独特のオイルの香りが鼻腔をくすぐる。 「…なんだ、アンタ愛煙家かよ」 火を付け最初の一口を少し口の中に留めて満足そうに吐き出す唐橋は、その俺の言葉を聞いて少し恥ずかしそうに 「他の先生には内緒にして下さいね?」 そう言って笑った。
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