自分という存在

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「…ああ、いけない。もうこんな時間か」 部屋の入り口の上に掛けられている時計を見て、唐橋さんは申し訳なさそうに言葉を続ける。 「ごめんね。もっと君とお喋りをしていたいのだけど、他の患者さんの所に行かなければ」 「いいんですよ。唐橋さんは自分のするべき事をして下さい。それにーーー」 そこまで言うと、僕は唐橋さんに向かって自分の中での元気な人を目一杯に演じてみせる。 「僕は、この通り!」 ベッドの上で上体を起こし、ガッツポーズ。 これが僕の知り得る中で最強の元気な人だった。 「ハハッ!確かに、それなら大丈夫そうだ」 少しの沈黙の後、弾けたように高らかに笑う唐橋さんの姿を見て、僕はホッと胸を撫で下ろす。 大丈夫。あまり動いてなくて腕が小刻みに震えていた事には気付いていないようだ。 「ありがとう、昴君。…あ、でも、あまり無理はしないようにね。まだ病み上がりで力は入りづらいだろうから」 僕の健闘も虚しく、鋭くその事を指摘される。どうやら唐橋さんにはバレバレだったらしい。 そしてその指摘をした当の本人と言えば、僕のその姿を見ながら肩を震わせ、一生懸命笑いを堪えている。 僕は思わず顔を伏せる。 指摘されたこともそうだが、隠し通せると思っていた自分の考えの浅さに恥ずかしさを覚えたからだった。 「何かあったら、すぐ、そのコールボタンで呼ぶように。使い方は、教えたから覚えているよね?」 微かに震えて聞こえるその声に、僕は小さく頷くことしかできなかった。
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