13人が本棚に入れています
本棚に追加
#四月の夜
寒い。
もうすぐ五月になろうとしているのに寒い。
特に心が寒い。
三月はあんなに暖かかったのに。
この物語は、ボクと彼女の葛藤の物語。
押しては引き、引いては押し寄せる波のように、人の心は相手との葛藤によってコントロールされる。自分の意思にかかわらず。
ボクが彼女に出会ったのは、ピンクともパープルとも見分けがつかない薄暗いライトとミラーボールがくるくる回っている、むんむんとした雰囲気の部屋の中。セクシーキャバクラと呼ばれるちょっと大人の遊びをするところ。
当時のボクはお気に入りのキャバ嬢にぞっこんだった。趣味もフィーリングも合ったし、話していてとても楽しかった。
いつの間にか、そんなお気に入りの嬢を愛していた。いや、愛している雰囲気を楽しんでいた。それでも、惚れている、恋焦がれている感覚は中高生の頃を思い出したように湧いてきて、その想いにずっと酔いしれていた。
物語の主人公となる彼女は、そのお気に入りのぞっこん娘ではない。
お気に入りのぞっこん娘が他で呼ばれてボクの席を離れた時にたまにあいさつに来る、そんな関わりの彼女だった。しかし、それが運命の出会いの第一歩目であったことなど、ボクも彼女もそのときは全くわからなかった。
彼女はボクのタイプだった。口数が少ないせいか、あまり話したことがなく、どんな女の子なのかは全く分からなかったけど、普通よりもややぽっちゃりとした体形、形のいい大きなおっぱい。切れ長の目、甘い声、やわらかな雰囲気。
お気に入りのぞっこん娘と比べたら、総合的にはぞっこん娘を選ぶだろうが、体型だけなら間違いなくボクは彼女を選んだだろう。
彼女の名前は『萌愛(もえ)』。もちろん本名ではなく源氏名である。
由来はまだ知らない。今の時点ではボクは彼女のことについては、源氏名以外は何も知らないといってもいい。
そんなボクが彼女と急接近するようになったのは、寒い寒い四月の末、まもなくゴールデンウイークを迎える金曜日の夜のできごとだった。
お馴染みのセクシーキャバクラ、略して通称セクキャバは「ムーンライトセブン」という名のお店。月明かりが七つもあるのだろうか。名前の由来はともかく、一昔前に流行っていた歌謡曲のタイトルと似ている。
最初のコメントを投稿しよう!