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ぽっ、ぺんぱ!
素っ頓狂な音が何処からか聞こえ、ステッキの先から勢い良く飛び上がったハンカチの中から白い花びらのマーガレットの花が、次々とこぼれ出た。
巨人の手品師か、手品師の巨人か。幼稚園で披露したら受けそうな一発芸だ。
しかし流石にそんな子供だましで気を取られる理由もなく。私は踵を返して駆け出した。
(逃げなくては)
瞬時にそう判断した私だったが、月明かりがあるとは言え真夜中の山頂は視界が悪い。程なく私は何かに足を取られて転んでしまった。
そのとき……
草むらに俯せた私を中心に、白やピンク、黄色に赤青、色とりどりの花々が、波紋のように咲き広がって、辺りは一面夜の花畑に姿を変えた。
私は驚きのあまり声を失い、その場で腰が抜けたように座り込んだ。先刻までの薄暗い草原が、嘘のように明るい光で包まれている。
「初めまして、私は魔法使いの“オゼ”と申します。あなたのお名前を教えていただけますか?」
丁寧なお辞儀の後に片膝を付き、私へ対する敬意を表明した“魔法使いのオゼ”は、再び巨体で立ち上がると魔法の指を"ぱちん"とひと鳴らしして私の返答を待つ紳士的な笑顔でその場に佇んだ。
すぐに魔法は効果を発揮して、私は瞬きをするのも忘れて呆然と山頂の花畑から森を越えて明るいレンガの歩道が延びていく様子を見守った。
何の根拠もなかったが、何故かこの道は暖かい安全な人里へ繋がっているように見えた。
「私は…… 弥月」
名前を告げて、私が“オゼ”を見上げると、彼は元どおりの困惑したような、微妙な表情に少しだけ微笑を交えて話し始めた。
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