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ほの暖かい春風のなか、私は街とは反対の浅い渓流のある南西の方角へむかった。
オゼからは、楽しいお店もいっぱいあるという市街地へ向かう道順も聞いてはいたが、知り合いも居ない街なかへ子供ひとりで行ってみようとは思わなかった。
道ばたにはハコベやカタバミなどが咲いていて、北国の春の景色が私の心を楽しませてくれる。
冬には二階まで雪が積もるというオゼの家の軒先で、ふた株並んだスズランの白くて小さな花が風にちろちろ揺れている。
雪解けの清らかな水の流れる渓流へ向かって"オゼのひまわり畑"のあいだを縫うように続く散歩道も、黄色いレンガが敷き詰められていて私の気分を盛り上げてくれる。
すっかり上機嫌の私は、まだ花がつく前の緑の茎だけ伸びた面妖しなかたちのひまわりを横目に、一歩ずつゆっくり、とことこと歩いた。
しばらく行くと子犬のマシューが畑のなかで、モンシロチョウを追いかけ遊んでいる。
「マシュー。おはよう」
朝の挨拶を私がすると、まだむくむくとして柔らかそうな子犬は、嬉しそうに尻尾をぴゅんぴゅん振りながら私の後にくっついて来た。
ぽかぽかと暖かい陽を浴びて軽快な足取りで私たちは歩く。
爽やかな春の風が優しく頬を撫で、私の髪を背中に舞わせて去っていく。
本当に子供の頃に戻ったみたいで、なんだかとても楽しい気分だ。
でも……
急に子供になった自分の身体に、まだあまり慣れていない私は、歩き易いようにきちんと整備されているはずのレンガの道で、みじかい足をもたつかせて何回も転んでしまった。
「ありえない…… ひざを擦りむいただけなのに、どうしてこんなに痛いの?」
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