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漫画などではよく、ほっぺたをつねって夢なのかどうか確かめるシーンがあるけれど、どういう訳かこの夢に、その常識は通用しないらしい。
私は転んで出来た膝の擦り傷から押し寄せる鮮明な痛みに、思わず声を上げて泣きそうになった。
本当に、現実の傷口のように痛くてしみる。
でも……もし、これが夢ではなくて現実だったら?
……夫は今頃どうしてるだろう? 居なくなった(?)私を心配して、あちこち探し回っていたりするのだろうか……それとも、もしかして私は、あの竜巻で死んでしまった……?
嫌な妄想が次々と浮かんで私の心を動揺させる。
いいえ、まさかそんなはずないわ。それはあまりに非常識すぎるもの。
悲観的な妄想を批判的な理性で否定する。
……それなら本当に、ただ長い夢を見ているだけなのかしら?
だけど……それも少しだけ違うような気がする。
そんな事、いくら考えたって私にはどうすることも出来ないのに……
否定と批判が回りまわって、私の意識はうろうろと彷徨う。
『くうん』
気遣うような鳴き声とともに、ちょっと冷たい子犬の鼻がうつ伏せの頬へ、ふんふんと押しつけられて来た。
顔を上げると、マシューが必死に私のあごを舐めてくる。
道に倒れたまま、起き上がろうとしない私を心配してくれていたらしい。
「……だいじょうぶ。ごめんね、マシュー心配しないで」
私は子犬に向かって言い聞かせるようにそう言って、自分自身の心を励まそうとした。
この数日のあいだ、どんなに強く目を覚まそうと念じたところで元の世界へ戻ることはなかったし、それ以上どうすることも出来はしなかった。
そうだ出来ない。考えたって仕方ない。
なぜなら、いまの私は転ばずに歩くことすら満足に出来ない小さな子供なのだから。
出来ないことに焦りを感じる必要など何処にもないのだ。
私はそう思い直してレンガ敷きの歩道を再び歩き出した。
"この国"で私のことを保護してくれている“オゼ”は、紳士で優しく博学で、とても頼りになりそうだ。
彼は心から信頼しても良さそうな好人物で、何より“すごい魔法使い”なのだ。
まあ、いわゆる"常識"でものを言うなら眉唾ものの彼の肩書きも、"この国"では本物の輝きを放っている。
彼の他にも“この国”には、信じられないような出来事がたくさんあることを鑑みれば、オゼがただのペテン師ではないことは確かだと思う。
とにかく"オゼ"が私を助けようとしてくれていることは本当であったし、彼を信頼する以外、私に出来ることはもうない。
我ながら不安定な自分に辟易しつつも、私は昨夜の夕食時にオゼが見せてくれた踊る宝石の魔法を思い出したり、立ち止まって子犬のあたまを撫でたりしながら、ひまわり畑を越えて何本か広葉樹の並んだ林の前までたどり着いた。
***
本当に、何があってもおかしくない、と思う。
例え、林の中で少年が片手を振り上げた姿勢で硬直していても、私は少しも驚いたりしない。
別に襲って来るでなし、まあ変ではあるが……いや、可笑しいか?
「ねえ、あなた。一体そこで何をしているの?」
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