1 生命の本

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1 生命の本

(くせ)のある硬質(こうしつ)なドイツ語で書かれた臙脂(えんじ)色の本の表題(タイトル)は、日本語に翻訳(ほんやく)すると『生命(せいめい)の本』という意味だった。 馴染(なじ)みの古本(ふるほん)屋で不思議な引力(いんりょく)を感じた私は、気が付くと()()せられるように思わず手に取っていた本があった。 学生時代ですら必要(ひつよう)の無い(かぎ)洋書(ようしょ)などには()れることの無かった私が、辞書(じしょ)が無くてはほとんど読めないドイツ語の本を即決(そっけつ)購入(こうにゅう)していた。 装丁(そうてい)も表題も平凡(へいぼん)なその本が、どうしてそんなに気に入ったのか? それは店内で本の汚れを確認するためページを(めく)った私の目に、昨夜(さくや)夢に見た二匹の動物とそっくりな姿が飛び込んで来たときに、運命的な結び付きを感じたからだった。 美しい銅版画(どうはんが)挿絵(さしえ)(かた)文体(ぶんたい)()まれたこの本は、()たしてどのような変化を私へもたらしてくれるだろう。 本屋の(つつ)み紙を(かか)えて、帰りのバスに()られながらながら、そう思った。 ()いている時間を利用して、少しずつでも翻訳(ほんやく)して読むのが良いだろう。私はその臙脂(えんじ)色の本を学生時代に買った古いドイツ語の辞書と共に、仕事机の引き出しへ入れた。
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