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僕の前世の記憶が呼び覚ます。
僕らが住む屋敷の前には、迷路のように続く薔薇園があった。そこはいつも薔薇の甘い匂いが漂う。
僕は女王様を探すため、薔薇園の中を駆け巡る。走りながら辺りを見渡すが、一向に女王様のお姿が見当たらない。
一旦立ち止まって、呼吸を整える。さっきから走りっぱなしで、体中から汗が湧き出る。
「はぁ……はぁっ……」
何時間走り続けただろう。遊んでいるつもりなのか、女王様は、いつも勝手に屋敷を抜け出しては、薔薇園の中に身を潜んで隠れている。
そんなお転婆娘に育ったことに対して、周りの使用人たちから僕の教育が悪いと注意され、困ったもんじゃない。
「――レヤ、カトレヤ!」
僕の名前が後ろから大きな声で呼ばれ、振り向く。
そこには朱色の長い髪を一つに結んだ女性が、嬉しそうに微笑みながら此方に向かってくる。彼女は、アネモネ。女王様のご友人である。
「アネモネ、どうかしま――うわっ!」
近づいてきたと思いきや、大きく手を広げて僕に飛びついてきた。
へへと笑い、可愛らしく赤い舌を出す。僕は彼女を優しく引き剥がし、地面に立たせる。
「カトレヤ、私と遊んで!」
「ですが、女王様を探さねば……」
「――そんなに、ディーテのことが好きなの?」
アネモネは、眉を八の字に下げていじけてる。
彼女は毎日のように、僕の姿を見つけては、嬉しそうに近づいてきてくれる。彼女が僕に好意を持っていることは、本人を通して分かりやすかった。
だけど、僕には女王様がいるから、他の女の子の好意に応えたくてもできない。全ては、女王様の命令で、僕の人生は決められているからだ。
「すみません。アネモネ。女王様を見つけなくてはなりませんので。見つけたら、三人で一緒に遊びましょう」
ごまかしたような言い方に、彼女は顔を俯かせた。
アネモネが泣いていると思って顔を覗いてみると、ニシシっと悪戯を覚えた子供のように歯を出して笑った。
「わかったわ。早くディーテを見つけ出しましょう」
「……はい」
彼女は僕の前に進み、背を向け、ゆっくりと歩みを進める。
そんなとき、風に流れて冷たい何かが僕の頬に触れた。最初は雨かと思ったが、空を見上げると、綺麗な青空が広がっていた。
「ひっく……ひっく……」
肩を震わせてしゃくりあげるアネモネの声を聞きながら、僕は彼女と共にディーテを探した。
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