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朝のSHRが終わった頃、利渕さんが此方に向かってくるのが見えた。転校生に群がる女子たちなど目もくれず、一直線に僕の下までゆっくりと歩いてくる。
利渕さんとの距離が近づくにつれ、僕の心臓はドクンドクンと大きく音を立てる。
「ちょっといい?」
ついに僕の机の前に立ちふさがる利渕さんは、そっと耳元でそう告げた。
びくっと大げさなくらいに僕の身体は反応した。利渕さんはそれに対して、面白おかしく笑う。飛鳥が怪訝そうな視線を向けてくるのと、荊羅がじとりと睨んでくるのが同時に僕たちに突き刺さる。
「な、何?」
声が裏返りそうになる。しどろもどろな応対しかできない。
利渕さんはさっきから笑うことをやめられないのか、ふふっと可愛らしく声を上げる。俯いていた顔を上げる。利渕さんと目が合った。
「そんな戸惑わなくていいよ。ちょっとさ、屋上で話さない?」
「え、あ、わ、わかった」
「じゃあさ――」
僕の耳の近くに彼女の顔が近づく。彼女の吐息が耳に伝わり、くすぐったくなり身をよじる。
ガタリと荊羅が椅子から立ち上がる。急な大きな物音に、一瞬だけ教室が静かになった。注目を集めた荊羅は少し恥じらいながら、オホホホと奇妙に笑い、「お花を摘んできますわ」と素早く教室の外へと出て行った。
「ディーテ様とも一緒に話そうよ」
出て行った荊羅の方を向いてそう言った利渕さんの横顔は、懐かしそうに遠くを見ていた。
嗚呼、やはり彼女も前世の記憶があるのだと確信した。だから僕に近づいたんだと分かり、僕も椅子から立ち上がる。彼女と肩を並べたら、グッと身体を寄せられた。まるで仲良さげに周りに見せようとしているみたいだ。
利渕さんとは、身長はさほど変わらない。なんだか前にもこうして、利渕さんーーアドニス様の横に並んで歩いた記憶がある。僕たちが廊下を歩くと、黄色い声援が送られる。学内にいる数少ない男子よりはカッコよくみえるようで、女子たちは騒がずにはいらない。
前世で男でもあった僕たちは、悪い気はしなかった。
「カトレヤと一緒にいると、前もこんな感じで、街の人たちにキャーキャー言われたものだね」
うんうんと一人記憶を思い出している彼女とは違って、僕はそんな事あったかなあと頭をひねって思い出そうと必死だった。
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