2人が本棚に入れています
本棚に追加
「んー。やっぱいいね、外は……」
屋上に着くなり、利渕さんは大きな背伸びをし、空気を大きく吸い込んでいた。
その五歩程度後ろにいる僕と荊羅は、そんな彼女の姿を眺めてみる。くるりと振り返って、荊羅の手を取った。
「さて、久しいね。ディーテ」
荊羅を見る目がとても優しく、愛しいものを見るような目であった。僕の事なんか眼中にないように、まるで二人だけの世界を作る。僕は、思いっきり利渕さんの手を振り払い、騎士のように彼女の前に立つ。
荊羅の様子を見てみると、今まで見せた事のない、彼女の無表情の顔に少し身震いした。
「何かようですか?アドニス様」
機械のように淡々とした話方に僕は目を丸くする。
荊羅は、心も身体も凍てついたように動じない。今あることをじっと受け止める。
「君はいつもそうだね。あの時だって、君は私に心を見せてくれない」
「――っ、そんなこと今は関係ないですから!!」
僕には分からないことばかり話されて、何のことか理解できない。
荊羅の棘を指すような言葉に、利渕さんの表情が陰る。僕は一人、蚊帳の外にいるようで、騎士であるはずの僕は、一歩下がって荊羅の隣に立つと、今度は荊羅が前に出た。
「――――……っ」
利渕さんの口が開いたと同時に突風のような大きな風が吹いた。
最後に利渕さんが言った言葉はその風によって、かき消されてしまったが、彼女の頬に流された涙は、消されることなく、アスファルトの上に零れ落ちた。僕らに背を向けて、利渕さんは、屋上を後にした。
屋上に取り残された僕らは、利渕さんが流した涙の理由が分からなかった。荊羅に声を掛けようにも、二人の事情がわからない。アドニス様との婚約を打ち明けてから、カトレヤとディーテ様はどうなったのだろう。
「静騎、教室戻るわよ」
「う、うん」
いつものようにアリスとは呼ばず、現世での名前を呼ばれた。荊羅は、何かに耐えるように一度唇を噛み締めてから、屋上のドアに手をかけた。
僕は、冷たい風に運ばれてきたどこかからする薔薇の匂いを感じてから、荊羅の後を追った。
最初のコメントを投稿しよう!