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次回の人形劇の練習場所を皆に知らせるための絵地図を書く仕事を
千香子は任されていた。
学生のボランティア活動という名目なので
公的な施設はおおむね好意的で無料で使わせてくれる。
リーダーが予約を入れ、決定した会場と住所の書かれた紙を千香子に手渡す。
まだ神戸の地理に疎いメンバーもいるので、彼らにもわかるように目標になる建物を書き入れる。
自分なりに工夫して線路や道路を書き、
カットを入れたりすることは決して嫌いな作業ではなかった。
自分の生まれ育った神戸の町をイラストにしていると
ここを離れてみたいという気持ちもしばらくはどこかへ隠れてしまうような気がした。
いつもながら少々うるさいほどの陽気な仲間の声を背中で聞きながら、
地図を書く作業に没頭しているといつのまにか英明が後ろから覗いていた。
「そこだったらN高校の西隣だ」
よく知ってるのね、そんな高校の場所なんて。
「神戸市民だから」という言葉を彼は使った。
私もよ、生まれた時からずっと、と千香子が言うと英明は何故だかとても照れくさそうな顔をして
笑った。
彼の笑顔を見たのは初めてだった。
こんな顔をして笑うんだ。
それを知ってからは
黙々と一人で絵筆や金づちを手に作業をこなしたり、
皆の輪から離れて立っている英明の姿を目で追っている自分に千香子は気がついた。
そしてそれはまた、英明も同じだった。
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