一、消えた存在

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中学一年生の図書室でのやり取りを懐古していたのには、もちろん理由がある。 「ーーそれが先輩とセンの出会いだったんですね」 一つの机を三人で囲み、俺の前に座る広太が意味ありげな視線を送ってくる。 この出会いを語れと言ったのは広太だ。 俺からは話す気が無かったので、メイ先輩に話してもらった。 大谷(おおや)広太(こうた)。 ツンと立った短髪の黒髪には似合わないおっとりした目。 身長は俺より少し小さいくらいだろうか。 何も知らない奴からすると非行動的に見えるかもしれないが、そんな事は()にあらず。 時には俺が予想もしない行動を取るときもあるのだ。 そして冗談を言うのも特徴的だ。 本人曰く、誰も傷付かないものに限るらしい。 「もしかして小説よりも先輩に夢中になったんじゃないのかい?」 ほら。 今だって軽い冗談を飛ばしてみせた。 もちろん言葉のニュアンスで分かっているので、俺は生返事をしておく。 「残念だけど、センちゃんは私よりも小説を取ったみたいなのよ」 そして広太の横にはメイ先輩が座っており、これまた(わざ)とらしく肩をすくめてみせる。 本郷(ほんごう)メイ。 あの図書室でやり取りしたのはこの人だ。 烏の濡れ羽色をしたロングヘアに、冷気を感じさせる双眸。 そう感じさせる理由は、人を観察していたが故らしい。 華奢な体つきからはどこか妖艶さが漂ってるが、そんな事はない。 あまり男付き合いは無く、いや、むしろ先輩自ら避けていると思われる。 本人曰く、俺の事を「センちゃん」と呼ぶのはそれだけ親しいかららしい。 これに関しては有り難く受け止めておこう。 「結局、あれからセンちゃんに本を貸すことは無かったわよね」 「ま、あのときは面倒くさい人だなとしか思ってませんでしたからね」 「それ、酷くない?」 「冗談ですよ」 勝手に盛り上がった事に対する、ちょっとした仕返しをしただけだ。
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