一、消えた存在

4/23
前へ
/121ページ
次へ
その日も図書室のソファに身を預けて、読みかけの小説を読んでいた。 「ーー君、推理小説が好きなの?」 ちょうど最初の殺人が起きるシーンに胸を高まらせていたとき、不意に横から声がかけられる。 鼻白んだ俺は、声の主をじっと睨んだ。 睨まれた当人は「何かあったかな」というような涼しい顔をしていた。 「それ、クリスティね?」 そう訊かれて、見られてまずい物でもないのに思わず表紙を隠して小説を閉じた。 その行為が余計に興味を誘ったようで、 「いつもなに読んでるのか気になってたんだけど、まさか推理小説とはねえ」 「......何か問題でも」 「ん? 私はただ読書家の君を褒めただけだよ」 さいですか。 せっかくの読書だったが、横に居られると気になって集中できない。 少しでも読み逃したら後々の爽快感が削がれる推理小説なのだ。 あまり邪魔をしてほしくない。 黙り込んだ俺に意気揚々と声主は話を続ける。 「ね、他にどんなタイトルを読んだの?」 「どんなって......」 図書室の一角、推理小説が並べられている本棚を見つめながら思い返してみる。     
/121ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加